江戸時代、庶民の労働はこんなにブラックだった

たつぼー
 今だからブラックだと思うだけで、当時はあたり前だったんじゃないかと思う。今みたいにたくさん職種も自由度もなさそうだし。 

はるか古代から人間は働いてきた。そうしなければ、生きていけないからだ。ただ、働き過ぎはよくない。ましては過剰に働かされて、自ら死を選ぶ人があとを断たないのはまことに痛ましいことである。

いったい、日本人はいつからこんなに働くようになったのだろうか。そんなわけで今回は、江戸時代の労働事情を紹介していきたい。

みんなバイトをしていた

江戸時代、ほとんどの人は農民として農業を営んでいた。農業は天候に左右されるから、凶作になるとそれこそ死活問題になり、時には飢え死にすることもあった。

ただ、そのようなことは生涯に一度あるかないかで、まじめに働いているかぎり本百姓(土地を持つ農民)は十分暮らしていくことができた。

しかし江戸中期以降、商品作物の栽培や手工業品の生産などが盛んになると、農民が金銭を持つようになる。

すると娯楽や博徒が農村に入り込み、遊びや博打で身を持ち崩したり、農業経営に失敗したりして土地を手放す人が増え、農村は一部の勝ち組(豪農・地主)と大多数の負け組(小前貧農層・半プロレタリア層)に分かれてしまう。いわゆる二極化だ。

このため幕末には、貧農が質地取り戻しや借金の帳消しを豪農に求め、均等な社会を求める世直し一揆が続発し、これが明治維新の原動力の一つになっていった。

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荒木 達哉
高校在学中(18歳)の時に、地元の先輩がメルマガ運営で稼いでいることを知り「僕にもできるはず!」と思い始める。失敗と成功を繰り返しながらも事業を拡大し20歳で法人化。更に、メルマガ読者が計10万人を突破し、ほぼ労働せずに月収も200万円以上を稼ぐまでになる。

1994年(24歳)の時に信用していた人と一緒に新規事業を始めるが、その人と資金が同時に消え人間不信に。それが原因で引きこもり状態となり会社も廃業。1年後、社会復帰しサラリーマンを数年経験した結果、起業した方がトータルリスクが断然低いと感じ再び起業。

現在では、3歩先を行くビジネスデザイナーとして「自分自身で稼ぐ力をつけたいけど何をして良いのかわからない」「ビジネスに取り組んでみたけど成果が出なかった」そんな方の為のビジネススクール、オンラインサロンを運営。その他、コンサルタント・著者・コラム連載・Webラジオ・などで活動中。

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arakitatsuya

3歩先を行くビジネスデザイナー。お金の本質、稼ぎ方から物事の捉え方、考え方などをアドバイスしております。 人生を劇的に変化させる【3ステップ】 『知らなかったことを知る』『正しい考え方に変える』『そして行動に移す』たったこれだけで目の前の世界は劇的に変化していきます。 座右の銘=継続は力なり。 — 活動内容 — 【コンサルタント/著者 / コラム連載 / ラジオ /ビジネススクール/オンラインサロン】