Sansan正社員から業務委託へ。9枚の名刺、15のプロジェクトを進める働き方を選んだ理由

たつぼー
 好奇心の湧く分野に身を置く。これは確かにめちゃくちゃ大事ですね。あと、まわりの環境も大事。ボーダレスワーカーか、そういう働き方もこれからは大切なのかな。 

「一度はちゃんと組織に入った方がいい」と先輩から助言

西村創一朗(以下、西村): 組織やフィールドの枠を越えて働く“ボーダレスワーカー”に話を聞きに行きたいと思った時、まず浮かんだのが日比谷さんでした。名刺管理サービス「Eight」を展開するSansanで「コネクタ」という新たな仕事を“創職”し、社外でも勉強会主宰やNPOのサポートなど多岐に渡る活動をなさっていましたよね。そして今年に入って、あえて社員という立場から業務委託に切り替えて、活動を広げていて。そのフレキシブルな選択にも、すごく新しさを感じます。

日比谷尚武(以下、日比谷):僕の感覚としては、こういう働き方ってそんなに珍しいものなのかなぁと、注目されるのが不思議なくらいなんですけどね(笑)。

西村:たしか、学生時代からすでに仕事をしていたとか?

日比谷:はい。もともとNECの開発者だった父親の影響で自宅にパソコンがあって、小学生の頃からプログラミングをしているような子どもでした。その延長で開校したてだった慶応大の湘南キャンパスに入学したのが1995年。

西村 :「Windows95」が出た年ですね!

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荒木 達哉
高校在学中(18歳)の時に、地元の先輩がメルマガ運営で稼いでいることを知り「僕にもできるはず!」と思い始める。失敗と成功を繰り返しながらも事業を拡大し20歳で法人化。更に、メルマガ読者が計10万人を突破し、ほぼ労働せずに月収も200万円以上を稼ぐまでになる。

1994年(24歳)の時に信用していた人と一緒に新規事業を始めるが、その人と資金が同時に消え人間不信に。それが原因で引きこもり状態となり会社も廃業。1年後、社会復帰しサラリーマンを数年経験した結果、起業した方がトータルリスクが断然低いと感じ再び起業。

現在では、3歩先を行くビジネスデザイナーとして「自分自身で稼ぐ力をつけたいけど何をして良いのかわからない」「ビジネスに取り組んでみたけど成果が出なかった」そんな方の為のビジネススクール、オンラインサロンを運営。その他、コンサルタント・著者・コラム連載・Webラジオ・などで活動中。

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arakitatsuya

3歩先を行くビジネスデザイナー。お金の本質、稼ぎ方から物事の捉え方、考え方などをアドバイスしております。 人生を劇的に変化させる【3ステップ】 『知らなかったことを知る』『正しい考え方に変える』『そして行動に移す』たったこれだけで目の前の世界は劇的に変化していきます。 座右の銘=継続は力なり。 — 活動内容 — 【コンサルタント/著者 / コラム連載 / ラジオ /ビジネススクール/オンラインサロン】