清水富美加さんの「給料5万円」に対し和田アキ子さん「私は3万円だった。どんなに辛かったか」発言が物議

たつぼー
 どっちも頭おかしいよね。和田アキ子は嫌じゃなかったから続けただけで、清水富美加は嫌になったから楽な方に流れたってだけじゃん。んー、どうでもいいな笑 

2月19日、和田アキ子さんが司会をつとめるTBS「アッコにおまかせ!」が放送された。

番組では、2月12日に芸能界を突然引退し幸福の科学に出家、17日に告白本「全部、言っちゃうね。」を出版した清水富美加さんについてトークが行われる。

清水富美加さんの本を読んだという和田さん。信仰の自由があることから、「意外にどこの局もモゴモゴしちゃってんだよね」と語る。

清水さんの給料について話題が移り、

2014年の途中までは月5万円だったと思います。(中略)(2016年には)年収1千万円は確かにいただいてましたが(以下略)

という告白本の内容が紹介されると、和田さんは

「しかし(清水さんの年齢は)22でしょ? 22で1千万て今普通のOLでいないですよ? ホントに。スゴイじゃないですか」

「5万円!? 私なんかデビューしたとき3万円の中で、『世界に君は出ていくんだ』って(言われて)タダだと思ったら1万8千円の下宿代を引かれたんだよ? どんなに辛かったか、ホンマに」

と語り共演者の笑いを誘っていた。

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荒木 達哉
高校在学中(18歳)の時に、地元の先輩がメルマガ運営で稼いでいることを知り「僕にもできるはず!」と思い始める。失敗と成功を繰り返しながらも事業を拡大し20歳で法人化。更に、メルマガ読者が計10万人を突破し、ほぼ労働せずに月収も200万円以上を稼ぐまでになる。

1994年(24歳)の時に信用していた人と一緒に新規事業を始めるが、その人と資金が同時に消え人間不信に。それが原因で引きこもり状態となり会社も廃業。1年後、社会復帰しサラリーマンを数年経験した結果、起業した方がトータルリスクが断然低いと感じ再び起業。

現在では、3歩先を行くビジネスデザイナーとして「自分自身で稼ぐ力をつけたいけど何をして良いのかわからない」「ビジネスに取り組んでみたけど成果が出なかった」そんな方の為のビジネススクール、オンラインサロンを運営。その他、コンサルタント・著者・コラム連載・Webラジオ・などで活動中。

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arakitatsuya

3歩先を行くビジネスデザイナー。お金の本質、稼ぎ方から物事の捉え方、考え方などをアドバイスしております。 人生を劇的に変化させる【3ステップ】 『知らなかったことを知る』『正しい考え方に変える』『そして行動に移す』たったこれだけで目の前の世界は劇的に変化していきます。 座右の銘=継続は力なり。 — 活動内容 — 【コンサルタント/著者 / コラム連載 / ラジオ /ビジネススクール/オンラインサロン】